何かが壊れたりして繕おうとするときに、壊れたことが分からないように繕う方法と壊れたことがわかるけど使えるようにするように繕う方法がある。例えば陶器であれば、金継はあきらかに壊れたことがわかる直し方。衣服であればかけつぎは穴が空いてなかったかのように直し、あて布をして直す方法もある。
私はどちらかというと壊れたことがわかってしまうような直し方に興味があるなと思う。技術がないから分からないように自分では直せないからというのもあるだろうと思う。でも、なんで一度は傷ついたことが残ってしまう直し方に興味があるんだろうと考えていた。
傷ついても別にいいじゃないかと思いたいのかなと思った。私は自分が失敗したこととか、嫌だったことや、好きな人が過去にした気に喰わないことをなかったことにしてしまいたくなることがよくある。けど、そういう考え方があまり楽とか得だとか思わなくなってきたのでなんとかしたい。迷惑かけたなら謝って、上手くいかなかったなら方法を変えりゃいいだけ。
なにか物が傷ついたときにそれがなかったように直さなくても、まあ傷ついちゃったけど仕方ないね、上手く使えるように直してみよう。一度傷がいったことはわかるけどそれでいいね、と思いたい。少しの傷で全部を捨ててしまうのも嫌だし、傷をなかったことにしてしまうのも息苦しい。そういう自分の過去に対する思いをそのまま繕いに反映してるのかもしれない。